散らすナチュラル

確実な安心をお約束

流星

f:id:konosekaino:20170613030942j:plain

 

すぐ頭上を飛行機が通り過ぎてった。よくある平凡な一日の一コマ。なんてことはない。轟音と共にすぐに小さな影になっていく。一瞬で意識をかっさらっていくくせに、すぐにどこかに消えてしまう。いいな、ずるいな。なんて思う。
 

平凡な私には何もない。何もないが美しい日々とやらは続いていく。周りの人たちみたいに幸せになれたらなあなんて思うけど、そう思ってる時点で難しいのかもしれないなあ。多分私には圧倒的に努力が足りてないんだと思う。努力しなくてもいい生ぬるい日常が心地よすぎて、今更抜け出せない。優しい世界が好きだ。でもそれは私を殺す。生きる理由を失わせる。でも、確かに今の私には、生きる理由なんて、本当にないんだよ。

「お前は寂しいやつなんだよ」

いつか目の前の男に言われた言葉だ。やたらと美しい顔をした男は何でもないようなことのようにそう言った。事実、この男にとってそれは本当に何でもないようなことなのだと思う。だって、他人事だし。まさしく他人事。極端な話、私がすぐに死んでも、生きててもどうだっていいのだろう。でも、それなのに、この男は私の本質を、私の本音を本当に笑ってしまうくらい簡単に見抜いてしまった。

「お前が言った通りだったよ」

今日は五月なのにやたらと暑い。この調子だと夏が本格的に訪れたらどうなってしまうんだろう。外に出ただけで蒸し焼きにされてしまいそうだ。

「何の話だ」

「私は寂しいやつって話」

こんなに暑いのに目の前の男は汗ひとつかいていないように見える。雰囲気そのものが同じ人間ではないようにすら見えるのだから、美形は得だと思う。

「そういえばそんなこと言ったかもな」

男は、飛んで行った飛行機の行先を眺めている。冴えない私も、それに習って夏の雲になってきた空を見上げてみる。ああ、なんと美しいことだろう、この世界は。唐突にそう思う。いや、本当はいつもそう思ってるのかもしれない。でも意識してないだけで。私の世界は簡単に私を突き放す。それでも美しいのだ。目の前の視界全てが。頬に触れる風が。うだるような、この暑さが。

「綺麗だなあ」

何となく口からでた言葉。男は怪訝そうな顔をして、何が、と言った。

「世界が」
「何だそりゃ」
「私にもわからんよ」
「わかんねーのかよ」
「うん」
「意味わかんねえな、お前」

お前に言われたくねーよ。そう思ったけど口にはせず。目の前の男は今も涼しげな顔。初夏の青と白い雲。気がついたらもう夏が来るのかと思うと、本当に時の流れの速さというものを実感させられる。もう成人したけれど、多分私の心は今も子供のままだ。大人になんて、いつになったらなれるのだろう。何年経っても私は大人になれない気がしている。子供のまま、心は時が止まってしまった。どれだけ手を伸ばしたって周りのみんなに追いつけない、追いすがれない。それはもちろん、この男にも。

「あっちー」
「今更か?」

目の前の男は小馬鹿にしたように私を見る。それが、なぜだかひどく美しく見えて、私は笑った。

「そ、今更ね」

頭上で飛行機の唸り声が聞こえる。もう別の飛行機がきたんだ。ゴオオオ、と鳴る地響きのような音の向こう側で、確かに今、この瞬間、私とあいつは生きていた。今はきっと、それだけで。それだけでいいと思えた。